【ポイント】
・緑藻の体内時計のリセットに関わる光情報伝達因子を発見
・緑藻において赤と紫の光情報の伝達に関わる因子の発見は世界初
・新しい光センサーの発見につながる可能性
・体内時計の調節を介したバイオ燃料の増産につながる可能性
【研究背景と内容】
緑藻は、池や水田など身近な水場に生息する生物です。また、最近では一部の緑藻がバイ オ燃料
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の供給源として期待されています。緑藻は私たちと同じように体内時計を持ってお り、規則正しいリズムで日々の生命活動を営んでいます。
体内時計は光によってリセットされます。緑藻の体内時計の場合は、ほぼ全ての可視光域 の光がリセットに有効であることが知られています。とりわけ、赤や紫の光が効果的ですが、 緑藻においてそれらの光情報を受容伝達する分子メカニズムはわかっていませんでした。
研 究 グ ル ー プ は 、 こ れ ま で に 緑 藻 の 一 種 で あ る ク ラ ミ ド モ ナ ス (Chlamydomonas reinhardtii)用いて、体内時計の研究を進めてきました。まず最初に、緑藻の体内時計の中 核をなす「時計遺伝子」を網羅的に決定しました(Genes Dev., 22:918-30, 2008年)。さら に、時計遺伝子が作るタンパク質の一つであるROC15が、細胞が光を浴びた直後に急速に
緑藻の体内時計:赤や紫の光情報を体内時計に伝える因子を発見
この度、名古屋大学遺伝子実験施設(施設長:木下俊則)の松尾 拓哉(まつお たく や)講師らの研究グループは、緑藻において体内時計をリセットする赤や紫の光情報の 伝達経路の構成因子を、世界で初めて明らかにしました。
本研究は、石浦正寛(いしうら まさひろ)名古屋大学名誉教授、福澤秀哉(ふくざ わ ひでや)京都大学教授、山野隆志(やまの たかし)京都大学助教らとの共同研究で す。
緑藻は、私たちと同じように体内時計を持っています。また、その時計は光を浴びる ことでリセットされます。しかし、光の情報がどのように体内時計に伝えられるのかは わかっていませんでした。研究グループは、多数の遺伝子変異体を解析し、体内時計の リセットがうまくいかない変異体を分離することに成功しました。さらに詳細な解析の 結果、赤や紫の光によるリセットがうまくいかないことを明らかにしました。この変異 体の遺伝子を解析した結果、これまでに緑藻で全く研究されていなかった遺伝子に変異 を持つことを突き止め、この遺伝子をCSLと命名しました。
本研究は、緑藻における赤や紫の光情報の伝達経路の構成因子を、世界で初めて明ら かにした研究です。この成果は、今後、新しい光センサーの発見や、体内時計の調節を 介した藻類バイオ燃料の増産につながる可能性があります。
この研究成果は、平成 29 年 3 月 23 日付(米国東部時間)米国科学雑誌「PLOS Genetics」に掲載されました。
分 解 さ れ 、 こ れ が 引 き 金 と な っ て 体 内 時 計 が リ セ ッ ト さ れ る こ と を 明 ら か に し ま し た
(PNAS, 110:13666-71, 2013年)。今回の研究では、そのROC15の分解を引き起こす光情 報の伝達系路に焦点を当てて研究を行いました。
未知の経路を明らかにするために、順遺伝学(forward genetics)※2の手法を用いました。 まず、クラミドモナスのゲノムにランダムに遺伝子変異を導入しました。得られた約1万4 千の変異体を詳細に解析した結果、一つの変異体が非常に興味深い性質を示すことを突き止 めました。その変異体においてROC15の光応答は、赤の光に対しては全く起こらず、紫の 光に対しては弱い応答しか示しませんでした。一方、青の光に対しては正常な応答を示しま した。これらのことから、この変異体は赤や紫の光を受容伝達する経路に異常を持つことが わかりました。
上記の変異体において遺伝子の解析を行った結果、緑藻でこれまで研究されていなかった 遺伝子に変異を持つことがわかりました。その遺伝子がコードするタンパク質は、哺乳類に おいてSHOC2 と呼ばれる RAS/ERK 情報伝達経路
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に関わるロイシンリッチリピート
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タ ン パ ク 質 と 類 似 し て い る こ と が わ か り ま し た 。 研 究 グ ル ー プ は こ の 遺 伝 子 を CSL (Chlamydomonas SHOC2-like Leucin-rich-repeat protein)と命名しました。
【図の説明】
A,クラミドモナスの写真。直径10μm程の単細胞生物
B,各波長の光に対するROC15の分解。野生型では紫色光(410nm)や赤色光(660nm)で強く分 解が起こるが、今回発見した変異体では赤色光に対する分解は完全に消失しており、紫色光に対 する分解は弱くなっていた。
C,今回の成果の概略図。赤色光や紫色光は、青色光とは異なる経路で体内時計に伝達されること がわかった。また、赤/紫色光経路にはCSLが関与していることがわかった。
【成果の意義】
本研究は、緑藻における赤や紫の光の情報伝達経路の構成因子を、世界で初めて明らかに した研究です。今後、CSL やそれに関連する因子の解析により、この経路の分子メカニズ ムの全体像が見えると期待できます。興味深い点は、緑藻において、主として赤や紫の光を 受容するセンサーがまだ見つかっていないことです。そのため、この研究は未知の光センサ ーの発見につながると期待できます。また、一部の緑藻はバイオ燃料の供給源として期待さ れています。体内時計は、緑藻の多くの生命活動と直結していますので、今回の研究成果は、 体内時計の調節を介したバイオ燃料の増産につながる可能性があります。
【用語説明】
※1 バイオ燃料
緑藻などの藻類は、光合成により二酸化炭素を固定し炭水化物を産生する。さらに二次代 謝産物として燃料として利用可能なオイルを産生する。植物と比べ生産効率が高く、食料 との競合もないため、新たなエネルギー源として注目されている。
※2 順遺伝学(forward genetics)
未知の遺伝子を同定する実験手法の一つ。まず、生物のゲノムにランダムに変異を導入し、 ゲノム上のいずれかの遺伝子に異常を持つ“変異体”を多数得る。それらの変異体の中か ら自分の興味のある現象に異常を示す変異体を選抜する。その変異体においてどの遺伝子 に変異が導入されていたのかを突き止めることで、自分の興味のある現象に関連する遺伝 子を決定することができる。
※3 RAS/ERK情報伝達経路
ヒトから酵母まで幅広い生物で保存されたシグナル伝達経路。細胞の増殖など様々な情報 伝達に関わっている。
※4 ロイシンリッチリピート
タンパク質の構造モチーフの一つ。20-30残基のアミノ酸の繰り返し配列で、ロイシンに 富む。タンパク質間相互作用に関わる。
【論文名】
CSL encodes a leucine-rich-repeat protein implicated in red/violet light signaling to the circadian clock in Chlamydomonas
Ayumi Kinoshita(木下亜有美)1, Yoshimi Niwa(丹羽由実)1, Kiyoshi Onai(小内清)1, Takashi Yamano(山野隆志)2, Hideya Fukuzawa(福澤秀哉)2, Masahiro Ishiura(石 浦正寛)
1, Takuya Matsuo(松尾拓哉)1 1:名古屋大学、2:京都大学
PLOS Genetics, Mar. 23, 2017
論文URL: http://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1006645